指が覚えてるんですよ

ある日のこと、英語の長文問題で構文について説明をしていると「それは1章の7番の(5)の問題ですね」とA君が言うのです。

『確かに構文の載っているテキストのそのあたりの内容であることは間違いないな』と思っているとA君は

「塾の問題でいうとEのプリントの裏側の右の列の上から3問目です」

と続けるのでした。

塾では文法や構文の問題演習をするときに、テキストの内容を順番で覚えてしまうことを避けるため、問題の配列をランダムにしたプリントを数種類使用していました。講師の立場としては1問ごとの解答は問題を見て判断すれば良いわけですから、問題の載っている場所まで覚えていなくても授業を進める上での不都合はありません。A君に「Eのプリントの裏側の右の列の上から3問目です」と言われても『ホントかね?』と疑ってしまったというのが正直なところなのですが、確認してみるとこれが正に「(100問以上の問題が載っている)Eのプリントの裏側の右の列の上から3問目」にあるのです。驚きながら

「そこまで覚えちゃうのかい?」

と感心して聞くと、A君曰く

「指が覚えてるんですよ」

 

実はA君、以前に受けた模擬試験で覚えていたつもりの問題の答えが思い浮かばずに悔しい思いをしたことがあるのです。演習用の問題は穴埋め式の問題であることが多く、そういう問題ではポイントの部分が(  )になっています。ところが連語などで同意のイディオムが複数ある場合に、解答を確定させるため2語のうちの一方だけを(  )にした問題となることがあります。逆の方が出題されていた問題に対して、(  )の部分だけを練習していたA君は

「この問題は知ってるって思ったのに、答えが出てこないんですよぉ」

と、とても悔しがるのでした。

それからのA君、来る日も来る日も徹底してプリントを繰り返すのでした。しかも穴埋め式の問題であっても全文をひたすら書きまくるのです。その結果が

「指が覚えてるんですよ」

となったのです。彼が言うには問題を見ただけで指が勝手に答えを書き始めるようになるのだとか……

 

忘却理論を見事にクリアしたA君、今では中高一貫校の英語教師です。